2006年03月03日

さようなら親父 -31-

担当医は死亡診断書を書く必要があるので、程なくして病室を出ていった。
死亡はその診断書によると

2005年12月17日17時20分

亡骸を前にとるべき行動があった。
関係者に事態を知らせなければならない。
私はまず、妻と子供が待つ実家に連絡した。
「覚悟をしておけ」
と妻には伝えといたので、それほど驚かれなかった。
むしろ待ってましたとばかりに、次の行動を起こす準備をしていたという感じだった。

母は自分の兄弟や、父の友人、実家の近所に連絡をした。
姉は自分の夫の関係者などに連絡を取っていた。
なかなか経験できない光景ではあるが、死体を前にみんな冷静を取り戻し、しておかなければならない行動を各自取っていた。

そのうち姉の夫も来た。
人知れず、涙を流していた。
母の妹には、故人が病院を出て行くときに着替えさせる着物を持ってきてもらうため、
連絡しておいた。
間もなく、やってきて看護師に故人の着替えをお願いした。

揃った親戚関係者は誰からか差し入れられた、おにぎりやサンドイッチを控え室で食べた。
私は、霊柩車の手配のために受付に走り、手続きを取った。
いよいよ、喪主としての仕事が始まったという感じがした。
着替えが済んだら霊柩車は出発だという。

夜の7時半を過ぎた頃だろうか。
着替えが整い、霊柩車の運転手が病室に入ってきた。
いよいよ出発である。
今までお世話になった担当医、看護師の面々が挨拶に訪れる。
父は看護師に対してよく気を遣い、優しくしていたらしく、看護師の女性たちの間でも人気があったらしい。
posted by センセイジンゴ at 08:11| Comment(43) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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