2006年01月25日

さようなら親父 -19-

毎週のように孫(私の娘)の写真を印刷して、妻に手紙を書かせ、病院の父あてに送った。
病院でも看護師の間で評判になるほどだった。
父は嬉しそうに手紙と一緒に届いた写真を嬉しそうに、看護師の人たちに見せていたらしい。

やがて、7月の海の日に次女が産まれた。海の日は月曜日だったが、その前の土曜日に見舞いに行った。

「そろそろだよ」

と父には伝えた。
子供が生まれてからは、なかなか見舞いには行けなかった。
その次に行ったのは、大相撲の秋場所があった頃だから、9月の中旬くらいだった。

「10月に涼しくなったら、子供たちを見せに来るからそれまでがんばって。」

と話した。

父が入院の間母は、毎日のようにバスで病院に出かけていた。
真夏の暑い日も雨の日も。
母は自動車の免許がないので、バスでしか通えない。
バスで通うにはだいたい、1時間から1時間半くらいかかる。
直接家の近くから病院へ行くバスがない。
通常は一度甲府駅に出て、それから病院行きのバスに乗り換える。
そのバスも1時間に1本かそれ以下である。
バスで通うものにとってはもどかしくもあり、多大な疲れとなる。
そんな状況の中、ほとんど毎日母はよくぞ出かけたことかと思う。

姉も車を飛ばして、こちらもほとんど2日に一度あるいはそれ以上病院に通った。
四人の母親なのにである。
暇を見つけては父に会いに行った。
献身的な二人には本当に頭が下がる思いである。

やがて10月。
3連休。
新しく生まれた子供2人を連れ、家族で病院を見舞った。


posted by センセイジンゴ at 17:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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