2006年01月30日

さようなら親父 -21-

10月後半、白血球の数値が著しく低下し、無菌の個室に移されたときがあった。
私はその頃はまったく病院に入っていないのだが、何か緊迫したものがあったという。
あとで主治医も、「非常に危なかった」と言ったそうだ。
家族に「危険な状態だ」と言おうともしたらしい。
ところが父は持ち直した。
父は非常に我慢強い。弱音を吐いたことを見た事がない。
愚痴めいたことは言ったこともあるが、そういう時は逆に少し余裕があるときだった。
そんな父が、非常に危険な状態だというのだから、つらかったに違いない。
父の我慢強い性格で持ち直したといっていいだろう。

私はほぼ毎日、帰り道に実家へ電話をした。
11月に入った4日、飲み会があるので、その前に病院に行った母に父の様子を確認しておこうと、早めに電話を入れた。
なんと、父が自宅の電話に出た。
私の電話だとわかり、びっくりさせようとしてでたことは間違いない。
どうやら、主治医の許可により、退院したらしい。
おどけたように妙に落ち着いた声で、話をした。
話す間にやはり、やはり嬉しさがこみ上げてきたようだ。退院になったいきさつを一部始終しゃべっていた。ちょっと、治療の関係で口内炎がでているとかで、しゃべりづらそうだった。
母もそのあと電話に出た。
母の心境はもちろん聞くことはできなかったが、おそらく嬉しさ半分、不安半分という気持ちだったであろう。父が退院したことで、父の体を気遣わなければならなくなったからである。
posted by センセイジンゴ at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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