2006年02月02日

さようなら親父 -24-

日曜の夜、実家に電話をした。
母は「お父さん、あなたが来るかと待っていたよ」と言った。
私は本当に申し訳なく思い「来週は必ず行くから」と弁明した。

それから妻に父の危険な状態を告げた。
母も疲れがピークに達しているようだとも言った。
妻は、子供を連れて週末から年末までずっと、私の実家にいって母をバックアップしようと提案した。私も同意した。
子供が二人つくことになるので、いろいろと不便であるはずであろうが、家事くらいは何とかできるだろうということで、そういう決断を下した。
もう一度母に電話をした。
週末から実家に妻と子供を行かせて、家事をさせることを提案した。
母もどうしていいのかわからない感じであった。母は提案に遠慮し断った。
私は母の性格からして予想がついた。母は元来人一倍他の人に対して気を遣う人であった。その上、小さい子がついてくるというので、一人でそっとさせておいてほしいという気持ちもあったのかもしれない。
一応、様子を見て必要だったらヘルプを出してくれと言って了承した。

そして迎えた12月13日火曜日。
冒頭の さようなら親父 -1- へ戻る。

話を元に戻さねばならない。
さようなら親父 -15- の続きまで話を戻す。

病院に泊まることになった、12月16日金曜日の夜。
何を説明しようとして横道にそれたか?
父がなぜこの状態にもかかわらず、小便を自分でしようと起き上がろうとしたかを説明しようとしたからである。
posted by センセイジンゴ at 15:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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