2006年02月04日

仙声人語20060204

先週土曜日。父の四十九日法要。
はや父が亡くなって1ヵ月半。
亡くなってからも、主の亡くなった影響は大きかった。
銀行、生命保険、郵便局、証券、年金さまざまな相続処理が立ちふさがった。
母ももう若くはなく、そのようなことはすべて亡くなった父が今まで管理していたのでなにもできない。
私の妻が主導権を握って、処理を遂行してきた。
四十九日を境にして、やっと終わりが見えてきた。
見えてきたのもつかの間、今度は確定申告の声が聞こえてくる。
古い自家用車もマニュアルということで処分してしまった。
一人残された母はもちろん運転することはできないからだ。
残されたのは登記。
これも得体の知れないものだが、姉が処理の役を引き受けている。

さて、先週の四十九日。
私自身、四十九日自体への出席ももしかしたら初めてだったのかもしれない。
出席した記憶がない。
朝から家に親戚、父の懇意の人が詰め掛け、和尚さんを呼び、読経をあげる。
30分ほどで終わる。葬式や初七日ほど式次第があるわけではないので、喪主の私もどうしてよいかわからない。誰かからささやかれる指示に従って、簡単に挨拶を述べた。
今日来てくれた御礼とこれからの行動について。

そのあと近くの料理屋で会食。
こういう会食をお斎(とき)というらしい。
ここでも、司会がいるわけでもないので、まず私が挨拶。
父の病気の発見からの経過を一から話し、お礼を述べた。
そのあとはそのまま式進行を行い、親戚代表で父の兄からの挨拶、旧友から献杯の発声をお願いした。
それから食事。
料理もそこそこに、集まった方々にお酌に回る。
最後は母方の伯父より終辞をお願いして、閉会となった。

家族を亡くしたつらさもあるが、実際その後の処理で悲しんではいられないというのが実感である。
posted by センセイジンゴ at 10:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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